耕作放棄地は宝の山!芽が出始めた農業振興の未来〜山口県長門市

2024年03月08日


山口県長門市は、2021年4月に楽天グループ株式会社および楽天農業株式会社との3者による農業連携協定を締結。さらに同年11月には楽天グループとの包括連携協定を締結しています。

長門市では高齢化による農業従事者の減少、耕作放棄地の増加という課題を抱えており、これらの協定により耕作放棄地を活用したオーガニック農業の推進や新規就農者の育成支援、農業者へのIT活用支援等が推進されています。


2024年1月には、初めて長門市内の小学校で食育の授業を実施するなど、広がりつつある活動内容と今後の展望をご紹介します。

※記事中の所属・役職は取材当時のものです。


農業従事者の平均年齢74歳。長門市がオーガニック農業に見出した活路

山口県北西部に位置する長門市では、中山間部を中心に棚田が多く存在し、農産物のうち水稲の生産が盛んで作付面積は1300ヘクタールにのぼります。


その一方で、戦後のピーク時と比較して農地の割合は半減し、耕作放棄地は増加の一途。その背景にあるのは、高齢化による農業従事者の減少です。農業従事者の数は、2010年が2061人だったのに対し、2020年には1093人と10年間でほぼ半減しています。


「長門市の農業従事者の平均年齢は74歳。あくまで平均ですから、さらに高齢の方たちも多く70代後半はまだ若手と言えます。また、中山間部が多く、かつての農地が耕作放棄地になったことで鹿、猪などが人里に出てきやすくなり、それらの鳥獣被害も離農の要因の一つとなっているのが現状です」と、長門市役所経済観光部 農林水産課の高橋靖人さんは話します。



そんな中、ターニングポイントとなったのが2021年。同年4月、長門市は楽天グループ株式会社および楽天農業株式会社との3者による農業連携協定を締結。さらに同年11月には楽天グループとの包括連携協定の締結に至ります。これにより長門市では耕作放棄地を活用したオーガニック農業の推進や、新規就農者の育成支援といった取り組みが本格化。この取り組みは2023年の「オーガニックビレッジ宣言」へとつながっていきます。


包括連携協定をきっかけに楽天農業が耕作放棄地を開拓。オーガニック野菜の生産がスタート!

2021年に締結された農業連携協定および包括連携協定により、楽天農業メンバーが耕作放棄地の開拓スタッフとして長門市で開墾作業を開始。作付け可能な土地として開墾されたかつての耕作放棄地では、まずオーガニック栽培によるサツマイモの生産がスタートしました。


楽天農業株式会社の前身は、2007年に愛媛県で創設された株式会社テレファーム。耕作放棄地の再生や、インターネット上で個人が育てたオーガニック野菜が届く「遠隔農場テレファーム」を運営していた企業です。

楽天農業株式会社 代表取締役 遠藤忍は、「長門市の江原達也市長から直々にお声がけいただいたのが始まりです」と振り返ります。



「日本の農業界において、長門市には江原市長というオーガニック農業に本気で取り組もうと考えてくださっているリーダーがいて、私たちと一緒に動いてくれる行政があります。私たちに必要なのは、都市部に近いことや幹線道路がそばにあるといった立地的な条件以前に、協働できる“人”の存在なのです」。


遠藤はもともと医療従事者として地域を巡回する仕事に携わっていたことで、耕作放棄地が増え続け、疲弊していく農村地域の現状を目の当たりにし「これではいけない!」と株式会社テレファームを立ち上げた経緯があります。2016年に楽天グループ株式会社(当時:楽天株式会社)の出資を受け、その後社名を楽天農業株式会社に改め、現在は楽天グループの農業事業を一手に担っています。


「市長から直々にお声がけをいただき、その期待に応えるためにも、しっかり結果が残せるように長門市の拠点を根付かせていきたい」と遠藤。楽天農業では従業員に加え、近い将来の独立を目指して新規就農する独立研修生を採用し、長門市の農業の活性化に日々取り組んでいます。


楽天農業の独立研修生の1人である植野高行は、オーガニック農家としての独り立ちを目指し、2022年8月に大阪から長門市へ移住してオーガニック農業に携わっています。



「私は前職時代、ベトナムのホーチミン市で働いていました。その時に新型コロナウイルス感染症によるロックダウンを経験し、食事の重要性というものを痛感しました。それがきっかけで食への関心が高まり、自分でオーガニック農作物を作りたいと考えるようになったのです。楽天農業の独立研修生に応募した当時は34歳。全くの未経験の業界でしたが、入社前に現地見学の機会をいただけたので不安はありませんでした」。


そんな植野にとって、入社当時からこれまでにどのような苦労があり、日々やりがいを感じるのはどんな時なのでしょうか。


「私が入社直後に経験したのは、楽天農業が長門市で初めて挑戦したオーガニックサツマイモの栽培です。初年度は目指していた収穫量には至らず50トン程度。しかも売り物にならないようなクオリティのものしか作れませんでした。ところが、2回目となる今年度は収穫量が約200トンまで上昇し、品質も格段にアップ。他のメンバーと協力しながら、結果が目に見える点が何よりやりがいにつながっています」と植野。


楽天農業に入社して1年半が経過した植野は、今年の5〜6月頃に独立する予定とのこと。「ここで得たノウハウをベースに自分なりに改善し、やってみようと考えていることにも挑戦していきたい。自分の頑張りが成果に直結するので、当たり前のことを確実にやっていくことも大切にしたいと思います。楽天農業には独立後も相談させてもらえる環境があるので、協力を仰ぎながら地元の方達との接点も増やしていきたいと思っています」。



長門市のように中山間地域が多く、広大な土地での大規模農業が困難な地域こそオーガニック農業をやるべきというのが、楽天農業の社長である遠藤の考えです。


「全国的に農業従事者が減っている状況でも、大規模農業ができる条件が整っている地域では農業が持続できています。それはなぜでしょうか。まとまった集積量があり、低コストで大型トラックを走らせることが可能だからです。オーガニック農業には農協も市場もないため、物流面が大きなネック。そこで行き着いたのが、サツマイモを加工して冷凍保存し、大型トラックを走らせるのに充分な集積量を確保する方法です」。



楽天農業では地元長門市でかまぼこの製造・販売をしている株式会社フジミツに依頼し、工場内のかまぼこを焼く機械を使ってサツマイモを「オーガニック冷凍焼き芋」に加工。冷凍保存が可能になることでまとまった集積が可能となり、大型トラックに乗せて全国への流通が実現しています。



「稼げる1割の農家になってみたい!」地元小学生を対象とした食育の授業を初実施。オーガニック栽培のサツマイモが学校給食に。


「農家はどうして人気がないと思いますか?」


農業従事者の減少という大きな課題に直面する長門市において、地元の小学校で初めて食育の授業が実施された2024年1月31日。授業を担当した楽天農業の遠藤は、このような質問を児童に投げかけました。



教室内では次々に手が挙がり、児童はみな遠藤の話に引き込まれていきます。遠藤がテレファーム時代に手がけた「遠隔農場テレファーム」のゲーム性に目を輝かせ、「農業は儲からないわけではない。10人に1人は億以上儲けている」といったお金の話にも興味津々。


持続可能な農業を実現するため、小学校の児童に農業への関心を高めてもらおうと、遠藤は楽天農業のなりたちや長門市の農業が抱える課題、農薬不使用のオーガニック栽培によるサツマイモづくりについて、親しみやすい軽妙なトークで授業を進めました。



遠藤はサツマイモを作って終わりではなく、それを加工して冷凍保存することで大型トラックでの集積が可能になる物流面の話、加工品を楽天市場で販売するといった経済的な支援の仕組みが整っていることにも言及。さらにオーガニック野菜の安全性、オーガニック農業が世界規模で問題になっている地球温暖化のためにどのように役立つのかを噛み砕いて説明しました。


「オーガニック農業のことを今回の授業で初めて知りました。稼げる人は1割と聞いて、その1割になってみたい!」

「農業をしているお爺ちゃんと一緒にオーガニック栽培で農業をしてみたい」

「ちょっとだけ農業がしたくなりました」

「大人になったら農家になりたいと思いました。授業はめちゃくちゃ楽しかったです」


授業を受けた小学5年生の反応は上々で、これには遠藤自身も驚いた様子。

「過去に大学、高校でも授業をさせていただきましたが、こんなに前のめりで聞いてくれるとは思いませんでした。子ども達なりに感じていることがあるのでしょう」。



続く給食では、楽天農業によって栽培されたオーガニックサツマイモを使った大学芋が登場。こちらも児童らの反応は上々で、おかず入れは見事に空っぽに。



「いつも食べているサツマイモとは違うと感じました。焼きイモは皮ごと食べるから黄色い内側の部分をちゃんと味わえたのが新鮮でした。授業を受けるまでは農業について考えたことがなかったけれど、今日学んだことをきっかけに農家になってみたいと思いました」という嬉しい感想も寄せられ、初めての試みは大成功となりました。



道の駅での販売やふるさと納税返礼品の出品による販売を強化。国の「みどりの食料システム戦略」を追い風に環境保全につながるオーガニック農業を推進。


2023年、長門市は「オーガニックビレッジ」を宣言しました。これは市をあげてオーガニック農業やオーガニック農産物の消費を推進していこうという取り組みです。


長門市役所の高橋さんは「オーガニック農産物が安心安全であることを生産者と消費者の両者に理解してもらうためのPR活動として、昨年はオーガニックマーケットを開催しました。今回の小学校での食育授業では、子どもの頃からオーガニック農業について理解してもらい、将来その子どもたちへとつないでもらえたらという思いで実施に踏み切りました」と話します。


今後の施策としては、収穫したサツマイモをはじめとする農作物を様々なチャネルで販売する予定です。道の駅「センザキッチン」での取り扱い、長門市のふるさと納税の返礼品化も決定しているとのこと。



また長門市では、オーガニックビレッジ宣言と同時に長門市有機農業等推進計画も策定しています。この取り組みの5つの柱となるのが(1)担い手の確保、(2)有機栽培技術等に関する支援、(3)動物の堆肥を利用した循環型農業の推進、(4)既存農業者と他地区から参入される方との調和、(5)販路の拡大・理解の推進です。


「楽天農業として一番大事にしているのは、地域をエンパワーメントすること。でも、どこかで成功した前例がないと行政はなかなか動かないものです。その前例を長門市に作っていただけたのは大きな前進です。このような地域創生の事例を多くの自治体の方たちにも知っていただき、課題を一緒に解決していけたらと願っています」と楽天農業の遠藤は話します。



地域の耕作放棄地を活用した畑で付加価値の高いオーガニック野菜を栽培し、さらに販売強化をすることで地域経済の循環を拡大していく長門市の取り組みの追い風となるのが、農林水産省が打ち出した「みどりの食料システム戦略」です。


ここでは2050年に目指す姿として耕地面積に占めるオーガニック農業の取組面積の割合を25%(100万ヘクタール)に拡大させるという案を掲げています。化学農業の使用量を50%削減、化学肥料の使用量30%削減するという目標達成のために、長門市のみならず全国各地でも同様の取り組みが広まっていくことでしょう。

おすすめコンテンツ